「たった一言」が、いじめになる時代。
それは「悪意」じゃなく「関わり方のズレ」だった
みなさんは「いじめ」と聞くと
どんな被害を想像しますか?
叩かれる、殴られる
蹴られる、突き飛ばされる、みたいな暴力
無視される、仲間外れにされる
話に入れてもらえない、みたいな
存在の無視
物を隠される、壊されるみたいな
物品への加害行為
いろんなものを想像すると思うんですけど
でも、こういう"はっきりわかる被害"だけが
いじめじゃないんです。
今、文科省でいじめの定義となっているのが
「された人が心や体に苦痛を感じたら、それはいじめ」
というもの。
した方が
・悪気はなかった
・ちょっとからかっただけだよ
・1回だけだよ
と言っても、「いじめ」と認知されるんです。
例えば同じ言葉でも、
ある子は
「そんなこと言わないでよ〜!」
と笑って返せる。
でも別の子は
家に帰っても、その言葉が頭から離れず、
学校に行きたくなくなることもあります。
だから、「バカ」といった発言を
流せる子は流しているし
気になって心が苦しくて、
それをアンケートに書いたら
「いじめ」として認知されます。
「自分の子どものときは、そのくらい
日常茶飯事だったよ。」
と思われるかもしれません。
でも今は、
「苦しかった」という
子どもの気持ちを大切にしよう
という考え方に変わってきています。
「昔よりいじめが増えた」と言われる背景には
こうした定義の変化や
積極的な認知があるんです。
もちろん、SNSなどに関わる
新しいトラブルが
増えていることもあり
増加しているとも考えられます。
でも、「いじめを早期に見つけて支援しよう」
という学校側の姿勢が変わってきたことも、大きな理由の一つだと思います。
私も教員になるまでは、
「いじめ」と聞くと
強い悪意があるものを想像していました。
でも現場では少し違いました。
私がアンケートや聞き取りをしていく中で、
ある共通点に気づきました。
もちろん悪意のあるいじめもありました。
でも、上がってくるいじめの内容は
「最初から誰かを傷つけよう」
として始まったものばかりではなかったんです。
例えば…
・冗談のつもりだった
・言い方がきつく聞こえた
・思い込みで、心がすれ違った
・ただ遊びたかった
・伝え方が分からなかった
そんな小さなコミュニケーションのズレが、
いじめと認知されているケースを
ほとんどでした。(当時の学校では)
子どもたちは、
「傷つけよう」
と思っていたわけではありませんでした。
でも、傷ついてしまった子がいた。
もしかしたら、
いじめを減らすために必要なのは、
『いじめをなくそう』
と伝えることだけではないのかもしれない。
もっと事前に、子どもたちに種まきをすることで
いじめにならずに済んだのではないか
と思うようになりました。
そこで、ある仮説を立てて
ある実践をはじめることにしました。
次回に、お伝えしますね。
身近にあった事例で
「これは学校に相談してもいいの?」
「こんなとき、親はどうしたらいい?」
など、気になることがありましたら
DMでお気軽にきいてくださいね。
最後まで読んでいただき
ありがとうございます。
温かいコメントやリスタック
とても嬉しいし、励みになっています。


NAMIさん、お疲れ様です✨
いじめ...確か以前に、「良いいじめ」と「悪いいじめ」の定義を述べていた人がいた気がします。
戸塚ヨットスクールの人だったかなぁ??
記憶ですが、『木登りができない子を、やーいやーいって揶揄するのは必要ないじめ』とか言っていた気がします🌳🌤️
詳細はわからないので、変なことは言えませんが、何より苦痛に感じるいじめは考えものだなぁって思います。
NAMIさん
これ、すごくわかります。
息子の何気ない一言で、その子の兄が嫌な思いをして学校に電話が来て、うちに連絡がきたことがあります。
息子の発言は悪意がないとは言えよくない、ただ相手はきにしていなくて(先生によると)当の本人同士ではなく兄とは言え第三者が介入という形になり、ちょっとややこしいことになりました。
ただ、一年生のうちに起きたことなので、ある意味まだよかったのかなとおもう部分もあります。
高学年や中学などになってくるともっと大変そう。
これを機会に、ヒトとの関わり方についてしっかり伝えたいとおもう反面、口で言うだけでは伝わらない部分もたるので難しいなと思います。
フルボッコにされるのはきついですが、ある程度は経験しないと自分事としてわからない部分もあるなと思っていて。
できることって何だろう?とおもう日々です🫣